形相と質料(けいそうと しつりょう)とは?アリストテレスの基本概念を分かりやすく解説
形相と質料とは?アリストテレス哲学の根幹をなす概念
哲学書を読み始めると、「形相(けいそう)」や「質料(しつりょう)」といった言葉に出会うことがあります。これらは、古代ギリシアの哲学者アリストテレスが提唱した、ものの存在や変化を理解するための非常に重要な概念です。一見難しく感じるかもしれませんが、私たちの身の回りの現象を考える上で、とても論理的で分かりやすい枠組みを提供しています。
ここでは、アリストテレス哲学の基盤ともいえる「形相」と「質料」について、具体例を交えながら分かりやすく解説していきます。
「形相」と「質料」の定義
まず、「形相」と「質料」がそれぞれ何を意味するのか、その基本的な定義から見ていきましょう。
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形相(エイドス / eidos) 形相とは、ものの「本質」「形」「構造」「機能」「目的」といった、そのものが何であるかを決定づけるものです。例えば、あるものが「椅子」であると認識されるのは、それが座るための機能や、特定の形状を持っているからです。この「椅子らしさ」を与えるものが形相と考えることができます。形相は、単なる外見の形だけでなく、そのものの働きや目的まで含んだ「あり方」を示す概念です。
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質料(ヒュレー / hyle) 質料とは、ものの「素材」や「材料」のことです。形相を受け入れる可能性を持つ基盤であり、それ自体では特定の形や機能を持たない、漠然としたものです。例えば、椅子を作るための木材や金属、大理石の彫刻を作るための大理石などが質料にあたります。質料は、何らかの形相が与えられることで、具体的なものとして存在できるようになります。
なぜアリストテレスは「形相」と「質料」を考えたのか
アリストテレスは、師であるプラトンの「イデア論」を批判的に継承し、目の前にある現実世界をどのように理解するか、という問いに向き合いました。プラトンは、現実のものは不完全であり、その真の姿は「イデア」という別の世界に存在すると考えました。
しかしアリストテレスは、真の存在は現実の具体的な事物の中にあると考えました。彼は、変化し続ける私たちの世界の中で、どうすればものが「何であるか」を説明し、その変化を理解できるかを探りました。そこでたどり着いたのが、どんなものも「形相」と「質料」の二つの要素から成り立っているという考え方でした。
この概念を使うことで、例えば水が氷になる、木が椅子になる、といった日常的な変化も、「質料(水・木材)が新しい形相(氷の形・椅子の形)を獲得する過程」として説明できるようになります。
具体例で理解する「形相」と「質料」
抽象的な概念は、具体的な例を通して理解を深めることが大切です。
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例1:彫刻
- 質料: 彫刻になる前の「大理石の塊」が質料です。
- 形相: 彫刻家の手によって大理石に刻み込まれた、「女神像の形」「馬の形」が形相です。 大理石の塊だけでは単なる石ですが、そこに「女神像」という形相が与えられることで、私たちはそれを女神像として認識します。
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例2:家
- 質料: 家を建てるための「木材」「レンガ」「コンクリート」などが質料です。
- 形相: それらの素材を使って建てられた「家の設計図」「構造」「住むための機能」が形相です。 ばらばらの建材は質料ですが、それらが特定の配置と構造(形相)を持つことで、「家」という具体的なものとして機能するようになります。
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例3:人間
- 質料: 人間の「肉体」「骨」「細胞」といった物質的な要素が質料にあたります。
- 形相: 人間としての「魂」「理性」「生命力」「人間という種としての特性」が形相にあたると考えられます。 アリストテレスにとって、人間という存在は、特定の肉体という質料が、人間としての本質(形相)を実現しているものと捉えられました。
形相と質料の密接な関係
アリストテレスは、形相と質料は単独で存在することはなく、常に結びついて具体的な事物を構成すると考えました。質料は形相を受け入れる「可能性」であり、形相はその可能性を「現実化」するものです。
私たちが目にする具体的なものはすべて、特定の質料が特定の形相を受け入れた結果として存在しているのです。この二つの概念は、ものごとを構成する二つの側面、あるいは動的な関係性を表していると言えるでしょう。
「形相」と「質料」を理解することの意義
「形相」と「質料」の概念を理解することは、アリストテレスの哲学を学ぶ上で非常に重要です。この考え方は、彼が提唱した「四原因説」(質料因、形相因、作用因、目的因)や、「潜在態(デュナミス)」と「現実態(エネルゲイア)」といった他の重要な概念へと繋がっていきます。
また、形相と質料という視点を持つことで、私たちは身の回りにある様々なものがどのように存在し、どのように変化していくのかを、より深く、論理的に考察できるようになります。哲学への学びを進める上での、確かな足がかりとなるでしょう。